委員長挨拶

中央執行委員長 島村 修二

1. はじめに

キッコーマン労働組合は、80年の歩みを刻みます。
その前身は、1946年1月12日に関西工場(兵庫県高砂市)で発足し、翌2月9日には野田醤油株式会社従業員組合が壜詰工場(千葉県野田市)で結成されました。当時は、戦後の混乱期で食料や物資が不足し、誰もが生きる希望を失っていたと言われています。
そのような中で誕生した労働組合は、物心一如に大きく貢献し、希望の存在だったと言えるでしょう。直接結成当時を知る者はいませんが、先人たちが築き上げた歴史と伝統、そしてキッコーマン労働組合らしい文化は、今もここに息づいています。
さあ皆さん、ユニオンスローガン「誰かが、ではなく全員で。」紡ぐ未来へ共に歩みましょう。

2. 21世紀ビジョンと産業魂

21世紀ビジョンは、労働組合が果たすべき役割と進むべき方向性を示すものです。一人ひとりが組合活動に参画し、組織を発展させながら、「個人・家庭」「産業・企業」「地域・社会」へと活動を広げることで、自由・平等・平和・公正な社会の実現と、真のゆとりと豊かさが実感できる社会を目指しています。
一方、「産業魂」は、戦前最長218日間に及ぶ「野田醤油労働争議」の経験を踏まえ誕生した社是です。「経営の目的は国家の隆昌、国民の幸福増進、人間と人間との互助・相愛の確立が経営の根本である」という理念のもと、労使双方が人間尊重と社会との調和を目指しています。この考え方があるからこそ、労使は協調し合い、社会にとって必要な組織を築くことができました。
「野田醤油労働争議」は労使双方に大きな痛手を残しました。しかし、その経験があったからこそ、現在の「平和的解決を目指し、双方が納得するまで議論する」という文化が生まれたのです。先輩方が築いた、労使が互いを尊重し共に成長する文化を、私たちも大切に育て、未来へつないでいきましょう。

3. 業務ではなく運動で

さて、前述の通りキッコーマン労働組合は、社会性を発揮する活動を目指しています。しかし、社会性を発揮することは容易ではありません。その定義は時代や立場で異なります。また、何が正解なのか、誰もが手探りの中にあります。だからこそ、「与えられた業務」としてではなく、「自ら創り出す運動」として、社会とつながり、仲間と共に歩む姿勢が求められます。
業務とは「職業や事業などに関して、日々継続して行う仕事・作業」のこと。一方、運動とは「ある目的を達成するために活動したり、各方面に働きかけること」、または「物事の状態が時と共に変わること」を指します。
この10年間で、働き方や価値観、社会との関わり方は大きく変化しました。長時間労働の是正や休暇取得促進、テレワーク・在宅勤務の定着、デジタル化の進展、多様性の推進、物価上昇や生活防衛意識の高まり、サステナビリティへの関心、AIなどの技術革新…。
労働組合には、単に「守る」だけでなく、「創る」力も求められています。

4. 労使協調から労使共創へ

これまでキッコーマン労働組合は、長い歴史の中で「労使協調」を基盤として歩んできました。互いの立場を理解し、信頼を積み重ねることで、対立や闘争に終始することなく課題を解決してきました。
しかし、社会が急速に変化し、価値観や働き方が多様化する今、求められているのは「協調」の先にある「共創」です。「共創」とは、労使がそれぞれの役割を超え、共に考え・築き・成長していく関係を指します。会社の経営資源や知見、組合の現場の声や社会的視点を融合させることで、新しい価値や仕組みを生み出せます。
そしてその原点は、「対話による人と人との関係性づくり」にあります。対話を重ねることで、「新たな気付き」や「楽しさ」、「互いをリスペクトする気持ち」、そして「連帯・団結」が生まれます。先人たちが築いた信頼と対話の文化を受け継ぎ、一人ひとりの想いを大切にしながら、新しい時代のキッコーマン労働組合を共に創り上げていきましょう。

5. おわりに

キッコーマン労働組合は、80年という長い歴史の中で、幾多の困難を乗り越え歩んできました。先人たちが築いた信頼と協調、対話の文化を次の世代へ引き継ぐことこそ、私たちに課せられた大きな使命です。
社会がめまぐるしく変化する今こそ、ユニオンスローガン「誰かが、ではなく全員で。」の精神のもと、互いに支え合い、共に未来を切り拓いていきましょう。
共に頑張りましょう!

キッコーマン労働組合
中央執行委員長 島村 修二

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